母と私の鎮魂歌①

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*その他:○動きやすい服装でおいでくださいませ。○ヨガマットお持ちの方はご持参ください。○朝食は2,3時間くらい前までに軽く済ませておかれると動きやすいです。○上記日程は変更する場合があります。随時変更・更新しますが、ご予約の際に私まで確認をお願いします。○ご予約は前日の17時までにお願いします。
*コンセプト:ヨガを通して、ご自身の心と身体に向き合い、対話し、気づく・・・そんな時間になることを願っています。


他にご心配なこと、ご不明な点ございましたらお気軽にお問い合わせくださいませ。

イマココ対話室 たかのりえ
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「母と私の鎮魂歌①」

(前回の関連記事はこちら→「母と私の鎮魂歌~序章~」


今にして思えば、「母の死」にまつわる一連の出来事は、まるでピアニッシモで始まるメロディーのように、かすかに、でも確かに奏でられていた。


心の中を整理するために、時系列に思い出しながら、たどっていきたいと思います。


過去の記事で「お父さん、大好き!!」と言えるようになった経緯を書きました。それを機に父はこれまでにはないくらい私に電話をかけ、何かと頼みにするようになりました。気兼ねなくなった感じです。


本当はもっと頼りにしたかったんだろうな。私が近づかないようにしていたのを感じていたのかもしれません。


ある日、いつものように電話がかかってきました。パソコンのこと、聞きたいのかな?


ところが、この日は違いました。


「お母さんが最近たいぎゃ(とても)腹かく(怒る)とたい。今も酢豚を作ったのはよかとばってん、鶏肉で作らしたとたい。『おれは、豚肉がええ!』と言ったら、「あんたの身体のことば思ってから作ったのに!」って、ぷいって怒って自分の部屋に引きこもってしまわした。おまえから言って聞かせてくれんや?!」


ってさ・・・・


「この前は草とっても土が根についたままほったらかしにしとらしたけん、また根づいとった」

「安物の茶碗ばっかりかってきたりしとる」

「じいさんとばあさんがおらんごとなったけん、最近は気合が抜けて、ぼーっとしとる」

「だけん、りえ、お母さんに言ってくれんや」


私には関係ないし。。。。酢豚だろうが、酢鶏だろうが、その話、ホントなら犬も食わんレベルのやつだよね。


でも、父にはそう返事できませんでした。


その両親のやり取りは子どもの頃からずっと見てきたもの。もっと言えば胎児期から感じてきたものです。


それをどうにかしようと、両親の間に入って取り持つのが私の使命として生きてきたから。その時もとっさに「嫌だ」という言葉を口にすることはできませんでした。


安い茶碗とか、そんなどうでもいいことまで、いちいち言われたら誰だって怒るわ。それをなんだかんだで母は今まで飲み込んできたじゃないか。それを父はちっとも思いやろうとはしない。


母にはちょこちょこ伝えてました。父の言葉や態度にいちいち反応しないこと。自分の気持ちを最優先に感じること。

父の健康のことなんか考えすぎて、文句言われるより、酢豚をたらふく気分よく食べさせて、満足して早く死なせてあげたらいーじゃないの。


私が話した瞬間は少し視野が広がって楽になってたみたいだけど、もう次の瞬間には自分以外の他人の目線で物事を考えていた。


だって、母も母の人生を人の為に捧げることを使命と思い込んで生きてきたんだもの。それ以外の本当に幸せな人生があるなんて想像すらしなかった。


だって、人生ってこういうもんでしょ?


私がちょっとやそっと話したぐらいで劇的に母の意識が変わるわけないと思ってはいた。母は慣れ親しんだ、怒りと悲しみを今日も抱えているのだろう。


だったら、私がしてあげられることは、本当は皆無なのだ。母の魂にすべてをゆだねるしかない。母の選択を信じるしかない。


そう考える一方で、私がこれまで担ってきた使命感がこのまま両親を完全に放っておくことを許さず、仕方なく実家へ向かった。


でも、二人ともそれぞれの場所へ出かけて留守。その日は母には会えないままだった。


翌日、父から再び電話がありました。

「昨日、お母さんに話してくれたとや?今日はとても優しくて、機嫌がよかとたい」


それを聞いた瞬間、胸の奥の奥がちくんと痛んだのを感じました。


ああ、まただ。こうやって、母は何十年も消化できやしない思いを無理矢理飲み込んで、何事も無かったかのように笑っていたのだ。


まだ、怒り続けて、部屋にこもってもらってた方が何倍も良かったのに。


「私は何も話してないよ。行ったらおらんかったけん。でも機嫌なおったんならよかったたい。お互いに気をつけなんね。」

やっとやっとそれだけ言ったけど、


「俺は(家を守るという大事な)仕事があるけん、言いたいことは言わんといかんもん!」


ちーん。


「あー、そうでしたね。大事な仕事があるんだもんね。」


そうだ。すぐこれだ。嫌というほど見てきた光景だ。


嫌というほど。


実家に近づくといいことない。


今書きながら思い出しただけで気分悪い。胃のあたりに私も何か飲み込んだように感じる。


この日以降、私は実家の両親へと、再びエネルギーを漏らし続けるようになっていました。無意識のうちに。

頭では分かっているのです。母と私を切り離さなきゃいけない。


誤解の無いように言っておきます。とても大切なこと。


これまで書いてきたような両親の関係性はあくまで私の目から見た真実(と思っているもの)に過ぎないということです。


事実は違うかもしれない。


母は自室にこもって、泣いてるふりして、お笑い番組見て、大笑いしてるかもしれない。

父はとても優しい口調で、酢豚は酢豚にしてくださいとお願いしたつもりなのかもしれない。


私達は誰ひとりとして事実を見てはいない。


自分の中で作り出したノンフィクションドラマを見ているだけ。


なぜって。


そうしてる方が都合がいいからです。自分にとってメリットがある。


詳しく説明すると長くなるので、またの機会に預けますが、ひとつだけここで言うとすれば、たとえば、


苦しくて大変な人生の方が生きてる実感がある


のね。私達って。本当に幸せで穏やかならば、つまんないのです。幸せすぎて怖い!ってやつです。幸せだと不安になるの。いいの?幸せで?って。


だからわざわざ不幸の要素を探す。探すということはそこにフォーカスするから、そりゃ、見つかるよね。不幸。


それが人生のメカニズムの一つです。


知っていたけど、この時、私はすぽっとこのメカニズムに陥ってしまっていた。


暗澹たる気持ちを胃のあたりに抱えたまま、意識のエネルギーを両親へ垂れ流しにしたままこの日以降暮らしていました。

それが9月末のことです。


そして、10月5日、私は私の中の母と対決をすることになります。


この話は次回へと続きます。


今回も長くて、もしかしたらなんのこっちゃのつまんないお話、最後まで読んでくださってありがとうございました。







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by 060304 | 2017-10-29 01:14 | 感じたこと | Comments(0)
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TCカラーセラピーと子育てと日々の生活について感じるままに、情熱的に光のように放ちます。


by イマココ
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