母と私の鎮魂歌②

イマココ対話室だよりへようこそ!


まずはお知らせから。(本日の記事はお知らせの下にございます)



*11月のヨガレッスンスケジュール


6(月)・8(水)・9(木)・10(金)・13(月)・14(火)・17(金)・20(月)・22(水)・24(金)・27(月)・30(木)



*時間:10時~11時30分(変更の場合あり)
*料金:1回のみ700円  10回チケット5,000円  初回体験500円  ヨガマットレンタル100円
*その他:○動きやすい服装でおいでくださいませ。○ヨガマットお持ちの方はご持参ください。○朝食は2,3時間くらい前までに軽く済ませておかれると動きやすいです。○上記日程は変更する場合があります。随時変更・更新しますが、ご予約の際に私まで確認をお願いします。○ご予約は前日の17時までにお願いします。
*コンセプト:ヨガを通して、ご自身の心と身体に向き合い、対話し、気づく・・・そんな時間になることを願っています。


他にご心配なこと、ご不明な点ございましたらお気軽にお問い合わせくださいませ。

イマココ対話室 たかのりえ
takanoriee@gmail.com


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『母と私の鎮魂歌②』(過去の記事はこちら→『母と私の鎮魂歌~序章~』 『母と私の鎮魂歌①』


私は母を全身に憑依させ、エネルギーを両親へとダダ漏れさせたまま、10月5日Robeのセラピスト仲間みーちゃんちに行きました。ヒプノセラピーの自主練習会です。かよちゃんと初めましてのみほちゃんも一緒。


両親のモヤモヤをみんなに聴いてもらいました。私はみんなを深く信頼しているので、素直に話せます。思えば、Robeでの講座やワークでも母とがっつり向き合ったことはなかった。


んじゃ、お母さんと向き合ってみようか!?


ってことで、私がクライアントとなり、催眠状態ではなく目を開けた状態でエンプティチェアテクニックという心理劇を用いたワークをみーちゃんにファシリテートしてもらいました。


やるからにはいつだってガチです。


母を対面のクッションに座らせてみる。観察する。

でも、私の中の母を直視できない。泣いてる。

私もすぐ涙が出てくる。もうギリギリだったんだね。


出てきた言葉は


「もう私を解放してください・・・・!」


もう私を解放して!解放して!解放して!自由にしてください!


苦しくてたまらんのです。不自由で、息苦しい。あなたのことが気になって気になって仕方ないのです。私が私の人生を歩けないんです。いつだってあなたのことを通してしか物事を進められないんです。あなた以外の、私自身の人生に全身全霊で向き合うことができないんです。私が私として実感をもって生きられないんです。それがずっと苦しいのです。あなたを守るために私は私の人生をかけてきました。それがわかったんです。


だから。


私を解放してください。。。。


母にしたら迷惑な話でしょう。だって、直接、母から頼まれたわけではないんだから。


だけど、私の中の母はとても無力で、悲しくて、寂しくて、いつも必死で、不安でいっぱいの人だった。


言いたいことを言ったので、今度は私が母になってみる。


で、やっぱり、不安なの。


母の弱さを証明するように出てきた記憶。


若くして亡くなった母の母、つまり私の祖母が出てきました。


祖母は母が高校を卒業する年のある寒い冬の日、仕事から帰ってきてすぐ、心臓発作で亡くなりました。


母に入った私は祖母に訴えます。


生きていて欲しかった。結婚するときも、出産するときも不安だった。ずっとそばにいて欲しかったのに・・・!!


祖母になってくれたみほちゃんが涙ながらに伝えてくれました。

「ごめんね。そばにいてあげられなくてごめんね。だけど、私の魂はあなたのそばにずっといて、ずっと見守ってきていたの。あなたのそばにずっといたの。」


そう言われたら、かすかにだけど、確かにほっと緩むように癒されるのを感じました。そうだよね。生きてる人間はいつだって死者の魂を感じながら生きることができる。


それと同時に私は祖母の代わりに、母の母としての役割をも担おうとしていたのだと気づきました。娘として母を守るばかりでは飽き足らず、母親とし

て娘を守ろうとしていたのです。


すさまじい癒着。母と私は、母親と娘という役割を交互に演じながらこれまで生きてきたんですね。


ここでひとつ思い出すことがあります。


ユング心理学において「自己実現」あるいは「個性化」という自己の成長・成熟へとたどる過程があるという概念があります。その過程でその都度、その都度、向き合い、乗り越えなければならない対象が立ちはだかると。


代表的な表現が「父親殺し」「母親殺し」と言われるものです。物騒な表現ですが、あくまで比喩的であるにしても、しばしば「殺す」ほどの対決と決別を起こすエネルギーを必要とする。わかりやすく言えば反抗期みたいなもん。


でも、このいわゆる反抗期なんて生ぬるい。決別になんか到底なりえない。そもそも親にも子にも本当に決別する覚悟なんてありはしないのだから。


そして、これはユングの特徴的な考え方なんだけど、表層的な親と子の対決では収まるものではないらしい。父が厳しいから反抗するとか、母が甘やかすから離れようにも離れられないとか、個人個人のレベルで「父親殺し」や「母親殺し」のような衝動が現れるのではなく、実はもっと奥深い個人の無意識を超えた、集合的無意識の中から湧き出る衝動であるというのだ。


個人的な母親を超えた集合的無意識の中から現れる母性の象徴、それを太母(グレートマザー)と言います。


太母の性質。


無条件の愛で包み込み、慈しみ育む一方で、束縛し、飲み込んでしまうこともあると。


母と私が「母と娘」の役割を交代で演じながら、お互いに包み込んでいるかのようにみせながら、実はすっかり飲み込んでいたんだと気づきました。


私の中にすでに元型としての太母が現れていて、母の個性化を邪魔していたのかもしれない。


放していないのは私の方だったのです。その罠に自ら陥っていた。


そう気づいたからと言って、感情はすぐにおとなしくなるものでもありません。


私は母の中に入ったまま、私の役をしてくれているかよちゃんのまっすぐな強いまなざしにすがりついてしまうのです。


お互いに離れないといけないのはわかっている。わかっているけど、一人で立っていける自信はない。口やかましい夫に、また、負けてしまうんだ。


「私はもう大丈夫。りえを解放します」なんて、お利口さんの答えを私役のかよちゃんは許してはくれなかったしね。「ホントはどうなの?」ってすぐに食いついてくる。


「私をおいていかないで」ってやっぱり思ってしまう。


そこでもう一つイメージワークを入れてもらいました。


母として父にふりまわされていない自分自身を想う。

私は夫にきちんと気持ちを伝えることができる。

私は嫌だという事もできる。

ケンカだって恐れない。

怒鳴られたとしても。

それは夫の問題。私は私に向き合い続けるだけ。

私は私。


・・・・・・・・うん、できる。できた。


この時、私は母を信じたのです。母の底力と選択を信頼できると思ったのです。


私が母をすっかり飲み込んで、母の力を削いで、信じることを怠っていた。


愛と思っていたものは、とても中途半端で、ゆがんだものだった。


その時やっと、私は母を解放し、私の中の母は私を解放した。そんな手ごたえを感じることができました。


そのわずか、わずか5日後の10月10日朝、母は脳内出血を起こし、意識不明の状態で自室に倒れていました。


母と私の鎮魂の調べはクレッシェンドしていって、ついにフォルテッシモを迎えます。


その話はまた次回。今日もありがとうございました。






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by 060304 | 2017-10-30 00:17 | 感じたこと | Comments(0)
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TCカラーセラピーと子育てと日々の生活について感じるままに、情熱的に光のように放ちます。


by イマココ
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